資本主義とは、人類とは、社会とは、人生とは、、、

日常を通じて疑問に思う事を、個人的な主観を前提に気が向くままにゆる~く綴ります

喫茶店で思いめぐらす人生の起伏

知らない街でぶらっと喫茶店に入った。
喫茶店に先客の女性2人がいて、日ごろの鬱憤を晴らすように、陰口に盛り上がっていた。
僕は、少し考え事をしたかったので、先客からは少し離れた席に座ったが、それでも女性の声はこちらまで聞こえてきた。

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女性客はどうも看護婦さんのようで医者の悪口を言っていた。
内容は、「特定の医者が怖く、パワハラに近い形で詰問を行うため、新しく入った人もすぐに辞めてしまい人手が足りなくて困っている。」という事だ。
 
この手の話は良く聞くことで、その医者は恐らく自分の縄張りの中で王様になりたいという事だろう。これは人類の歴史から見ても仕方がないことだと思う。常に自分の利益を優先し争いを繰り返し他者を蹴り落とす。これが人間の社会であり現実だと思う。
この問題は仮に、その特定の医者を辞めさせたとしてもまた別の王様が現れて、程度の違いはあるにせよ同じことが繰り返されると思う。
 
では、不平不満を言っている彼女達は、どうすれば良いのか?
このまま同じように愚痴を言い合い、お互いの苦境を慰め合うだけしか方法はないのか?
 
■彼女達が今後とるべき行動(案)
  1. 自分が王様になる。
  2. 他の条件が良い王様の国を求めて転職する(別の医院に移る)
  3. 現状維持で傷を舐め合う
 
人間社会で生きていく以上、大前提としてこの縄張り意識からは抜け出すことが出来ないと思う。人類は猿から進化したと言われるが(定かではないが)、動物というカテゴリには属しており、動物は程度の差はあれ縄張りという意識は本能的に持っていると考えるからである。そうである場合、私の考え得る範囲では上記選択肢しか浮かんでいない。
 
1.を選んだ場合、ストレスから解放され傷口を舐め合う事はなくなるだろう。但しそれは長くは続かない。王様になるという事は、勝つか負けるかの厳しい世界に自分を置くことになる。永遠に勝ち続けることは無理で、いつかは負けるだろう。その時、それまでの反動で手厳しいしっぺ返しを受けることになると思う。
 
2.を選んだ場合、これは賭けだろう。良いかどうかわからない。但し、いつかはその人にとっての理想郷が見つかるかもしれない。
 
これを論じていくと、あることに気が付く。
つまり、人間社会と個人がどう付き合いたいかによって選択肢は変わってくるのだろう。
人生は良いこともあれば悪いこともある。それは、波のようなものだと思う。私の人生に照らし合わせても、ずっと良いことばかりは続かないし、ずっと悪いことも続かない。仮にずっと良いことが続いているのであれば、私は大金持ちになるだろうけど、そうなってはいない。逆に悪いことばかりであれば私は破産しているがそうなってもいない。

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人生と社会は密接に紐付いており、社会から評価されれば、人生は良いものだと思うし、逆に評価されなければ、人生は悪いものだと思う事が多いのではないか。
であるとすれば、上記選択肢を選ぶ判断基準は、個人が社会とどう付き合いたいかに依存すると考える。
1.は波が大きく、3.は王様にならない分、穏やかな波になるだろう。
 
どの波を乗りこなしたいのか?別の言い方をすると、どの波に乗って人生を楽しみたいのか?それ次第ではないかと思う。
 
 
僕は、頼んだナポリタンをほおばりながら、彼女達がどの選択肢を取るのかぼぉ~と考え、僕自身はどの波に乗って人生を楽しみたいのか考えを巡らしていた。